2010年8月6日金曜日

ノイノイノイ

 思えば昨年も下衆な3人の連チャン投稿の後、夏合宿を迎えた。3年古川です。あのころのアイドルはしょこたん。いまはAKB。時は流れて環境も状況も情報も変わって、それでも乗ってる電車はおんなじ。居眠りして寄りかかってくる兄ちゃんの隣には座りたくないけど、姉ちゃんなら許せちゃう。というかむしろウェルカム。シタゴゴロとか基本的な感覚はそんなに変わるもんじゃない。
 昨年の北アに比べて今年の南アはなんとなくぼんやりしている。その緊張感というか「やったるで!」感を300倍に希釈してしまったような出発前。明らかにトレーニング不足だし、体重だって落ち込んでアバラ浮き上がっちゃってる。体力も筋力も気力すらなくても稜線を踏破できる、という無力感の力を自分に信じ込ませるのが今回のテーマだって、この記事を書いてて気づいた。
 下界の日常なんてカサカサしててぺらぺら。配送中、ガラスに映った自分のイケメンさに心奪われチャリンコサラリーマンに接触しそうになるし、バナナがいっぱい描いてあるバッグを持ってる女性は日村みてえな顔してるし、私を石川遼に似てるって言い張る常連さんのほうがよっぽどダライ=ラマに似てる、っつー現実。まんざら嫌いじゃないお美しい世界のそこここに、まんざらでもない瞬間は見え隠れしていて、だからじっとしているのがもったいないと最近感じる。そんな日常に特異なフレーバーを加えてくれる、その代表格がワンゲル。
 別に「ワンゲルやらなきゃ死んじゃう」なんて人は、この宇宙には一人もいないわけで。それでも私の中には、ワンゲルをやってる時にだけ奮える細胞があるみたいで、その鼓動をもう一度聞きたいからこんなにも非合理的な所作をしてしまう。だからこれからのC17なんて痙攣を起こすようなもんなのよ。もちろん比喩的な意味で。この夏も17日間シャンプーしないで、暑い暑い日射しのシャワーを浴びる。左手首に腕時計の跡がつくのがうれしくって、それが消えるまでは何だって頑張れる気がする。それが消えたって、焼きついた記憶はそう簡単に消えるもんじゃない。きっと夏が終われば、いろいろ悩ましい現実に直面したりして、また心が腐乱してウツっぽくなって、そんな気がするから天然水の水源を荒らす代わりに、澄みきった癒しを享受したい。自然をフィールドにすることってある意味罪だ。
 昨今、サティジリがプロパガンダしてる「古川非人間論」なんて捏造もの。私には心があって、感情があって、痛点も性感帯もあるんだから。たぶんね。

追伸 検便提出し忘れた。

1 件のコメント:

またあだ名増えたな さんのコメント...

確かに今年の夏は初めて下山したくないって思うかも。。。

だって降りたら就活という魔物が迫ってくるんでしょ泣